小林秀一は巨人ドラフト1位指名拒否!蹴った理由の真相は何だったのか!【消えた天才】

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小林秀一選手の現在

小林選手の現在は、結局、小林は巨人に入団しなかった。初心を貫き、熊谷組に進み、その後母校愛知学院大で野球部監督に就任した。

熊谷組に進み、1974年の都市対抗では新人ながら2回戦で先発。

1977年、1979年の大会で決勝進出に貢献するなど熊谷組に8年間在籍して活躍。

母校愛知学院大学野球部の監督へ就任。

愛知大学リーグにおいて15年で12度の優勝をしている。脳梗塞で倒れ、監督を退任したあとは、同大学の准教授として教壇に立っています。

小林が巨人に入っていたらどうなっていたか。

それは分からない。ただ、巨人1位のご利益は相当なもので「監督は巨人に1位指名された投手だった、という看板で野球部の学生は割りと言うことをよく聞く」とか。良くも悪くも巨人軍の存在というのは大きい。

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