藤井寛子は福原愛が天敵と認める天才でオリンピック出場できずだが神様のような憧れの人。【消えた天才】
福原愛ちゃんが天敵と思っていた選手は誰なのか?
福原愛ちゃんといえば、3歳で卓球のラケットを握り、それからずっと卓球の英才教育をうけ、メディアに注目されて「天才愛ちゃん」そして、厳しい練習に泣きながら耐える姿や、試合中に泣いたりするところを報道され、「泣き虫愛ちゃん」などと呼ばれ、国民みんなが見守る中育っていった「卓球の愛ちゃん」になりました。
愛ちゃんの初公式戦出場は1993年の6月。愛ちゃんが4歳の時に出場した「宮城県小学生卓球選手権大会」でこの大会で優勝。
全国大会の同クラスでもベスト16に入ったり、5歳10か月の幼稚園の時、全日本選手権バンビの部(小2以下)において史上最年少でゆうしょうしたりと、小さな時から天才ぶりを発揮していました。
愛ちゃんは、実はアスリートとしてはそれほど身体能力が高いというわけではないという話を聞いたことがあります。実は愛ちゃんの「天才」なところは、長い時間継続して練習ができるところや、腐らずに前向きに練習をするというところが誰よりも長けているそうです。
まさに「継続の天才」だそうです。
そんな愛ちゃん、結婚してお子さんも生まれて、ますます美しくはつらつとしていますよね。
小さなころから国民的アイドルだった愛ちゃんが幸せそうにしていると、こちらまでほっとしますよね!
そんな愛ちゃんが、「ずっと勝てなかった!」「天敵でした!」という愛ちゃんを上回る天才がいたのです!!
その方が誰なのか気になって調べてみました!
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藤井寛子選手が愛ちゃんの天敵!!
愛ちゃんが天敵だった!と語る天才選手は「藤井寛子選手」ではないでしょうか!
藤井寛子
生年月日:1982年10月18日
出身地:奈良県生駒市
出身校:四天王寺中学・高校 淑徳大学
チームメートの若宮三沙子さんと全日本卓球女子選手権女子ダブルスで2009年から2012年まで4連覇していました。
四天王寺中学高校時代は、チームのインターハイで6連覇に貢献。
淑徳大学進学後はチームの主軸として活躍し、特に全日本大学対抗卓球選手権では4年間ですべて優勝。チームとしても5連覇を達成。
パワーのある両ハンドドライブが魅力の選手だと定評がありました。
大学4年時の2003年度の全日本卓球選手権では女子シングルスの部で決勝まで進出しましたが、あのオリンピックで愛ちゃんと団体でメダルを獲った平野早矢加選手に逆転され準優勝になります。
その後全日本の大会では名だたる成績を残していましたが、2013年の全日本卓球選手権女子ダブルスでは5連覇を目指したが、準々決勝で敗退し、この大会を最後に引退してしまいます。
そして、国内でこれだけ強かった藤井選手は一度もオリンピックに出場していないのです。
そして、気になる愛ちゃんとの戦いですが、愛ちゃんにはどのように天敵だったのでしょう。
先ほど書いたように藤井選手はパワーのある両ハンドドライブがすごいのです!
回転量の多いバックドライブのパワーが決め手で、愛ちゃんは前陣速攻型でバックハンドを得意としてテンポよく速いピッチで攻めるのでその速いピッチで相手を揺さぶり結果を残してきていたのですが、強烈に攻めまくる藤井選手には太刀打ちできずに負けることが多かったようです。
ま、勝負の世界ですからね、すべて勝てるということはないですから、愛ちゃんにとってもいいい戦友だったのではないでしょうか!
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藤井選手との絆
藤井選手は2013年に引退してしまいますが、もしかしたらそれには一緒にダブルスを組んでいた若宮選手が難病を発病してしまって引退してしまったのも関係しているのかもしれません。。
それは「消えた天才で」明かされるはずです。
愛ちゃんは藤井選手のことを天敵だといっていた反面、神様で尊敬してるとも言っています(笑)
神様で天敵で尊敬している。。。
(笑)
なんとカオスな表現なのでしょう。。
でもそれは2012年のロンドンオリンピックで活躍した卓球3人娘、愛ちゃん、石川佳純選手、平野早矢加選手をベンチで見守って精神的に支えたという秘話があるからだそうです!!
そんなこんなで、愛ちゃんの天敵、藤井選手のお話が楽しみですね!
藤井選手、今はご結婚されて卓球のコーチをしながら選手育成にはげんでいるそうですよ!
そんな「消えた天才」オンエアーが楽しみです!!