ジョン・ディーコン 天才ベーシスト。
クイーンサウンドはディーキーアンプによって支えられていた。
クイーン・サウンドを支えたベーシスト ジョン・ディーコン
今回はクイーンの末っ子メンバー、ベーシストのジョン・ディーコンをご紹介します。
一般的にバンドではベーシストが一番目立たない存在だと思うのは私だけでしょうか。
実際、映画「ボヘミアンラプソディー」を見るまではジョンの存在はほとんど知らなかったのです。
もちろん映画の中でも一番目立つ存在はフレディーなのですがブライアン、ロジャーは、クイーンの前身の「スマイル」からの流れで最初に登場するので、ジョンの存在は映画の中でも、いつの間にか「いた」という登場だったので、なおさら存在感が薄かったのです。
しかし、ジョン・ディーコンはスポットをあてて調べれば調べるほど味があって、愛すべきキャラクターなのです。
それではジョンについていろいろ語ってみましょう。
出典:https://www.universal-music.co.jp/
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ジョンのプロフィール
本名 ジョン・リチャード・ディーコンは1951年8月19日の生まれでイギリスはレスター州の出身です。
カントリーやフォークソングが嫌いでロックこそが自分の音楽だと言い切るディーコン。
12歳の時にギターを始めましたが2年後にベースに転向。友達と「オポジション」というバンドを結成しました。
1969年にロンドン大学の分校であるチェルシーカレッジで電子工学科に入学。一時音楽とは離れていたもののジミ・ヘンドリクスとクリームから大きな影響を受けて再びバンドを結成。
彼は大学を首席で卒業し名誉学位まで受けるという優秀さでした。
クイーンに入ったきっかけは、もともとフレディ、ブライアン、ロジャーとは顔見知りだったので、インペリアルカレッジで行われたクイーンのオーディションを受けて71年にメンバーになりました。
ディーコンがフレディの経営するブティックに行ったというのが出会いの始まりだと言われています。
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クイーンの末っ子ベーシストは堅実派
クイーンのメンバーになった時はまだ学生だったディーコンですが、大学卒業後は中学校の教師として働き始め、クイーンがアルバム「クイーンⅡ」を発表し、プロとしての活動が軌道に乗るまで4年間続けました。
クイーンの中では末っ子のディーコンは弟的存在で、自他ともに認める温和な性格、そして一般的な常識を兼ね備えているところからバンドのビジネス的な面を支えていたとも言われています。
彼がクイーンのメンバーに選ばれた理由にテイラーが、何度もオーディションを行った末に(候補者は20人ほどいたらしいです)ディーコンを選んだのは彼の物腰が気に入ったからだと言っています。
「当時の僕らは度を越していたから大人しい彼なら騒ぎを起こすことなくバンドにフィットすると思った!」
度を超すって(笑)一体どんな度を。。。いや、だいたい想像つきますが。。
「・・・」
こういう度もあるかな(笑)
ブライアンもこんなふうにディーコンを語ります。
「彼はとても真面目でバカなことをする人じゃなかったからね。いつも地に足がついていたんだ」
まあ、確かにフレディーのハチャメチャぶりと、ロジャーの女たらしぶりと。。
それにしても、それがわかっていてディーコンをメンバーに選ぶというところがバランスというか采配をよくわかっていて、やっぱりクイーンはそれぞれが素晴らしいメンバーだったということですね。
彼の作った音楽もなかなか堅実なものが多いような気がします。
一番のヒット曲は「Another One Bites The Dust」です。
クイーンのヒット曲や有名な曲、誰もが思い浮かぶのは「キラークイーン」や「ボヘミアンラプソディー」ですが
この曲はクイーンの数ある名曲の中で実は一番売れた曲です。アメリカでは1位になりました。そしてこの曲をシングルカットしたほうがいいと勧めてくれたのは、なんと、あのマイケル・ジャクソンだったそうです。
ブラックミュージックが好きだったディーコンは光栄に思ったでしょうね。
そして、私の中では、ディーコンといえば「マイベストフレンド」です。
ディーコンの物腰の柔らかい性格が良く出ている曲調で、クイーンの楽曲の中でも和みの1曲ではないでしょうか。
そうそう、この曲はユニバーサルスタジオジャパンの子供に人気のエリア、「ワンダーランド」では、マドンナの「ホリデイ」やビージーズの「How deep is your love」エリック・クラプトンの「Change the world」などマイルドに編曲した歌がヘビロテでかかっていますが、その中にディーコンの「マイベストフレンド」も入っていますよ。
あ、クイーンもユニバーサルですもんね。。。(笑)
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ディーキーアンプ
そして、ジョン・ディーコンを語るのに忘れてはいけないのが、ディーキーアンプの存在です。
クイーンのレコーディングは、音を何重にも重ねて音に深みを出させるというのが特徴ですが、そのレコーディングに欠かせなかったのがディーコンが作ったディーキーアンプです。
さすがの電子工学科首席卒業!!
スクラップを再利用して作ったと言われていますから、やっぱり天才は違います。
このアンプを使用して録音された曲は数知れずで、もちろん「キラークイーン」や「ボヘミアンラプソディー」もです。
個性すぎるクイーンのメンバーの中であまり地味で目立たなかったディーコンですが、やはりなくてはならない存在だったのです。
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いじられディーコン
ハチャメチャクイーンメンバーの中で堅実で真面目と言われているディーコンですが、フレディー、ロジャー、ブライアンにからかわれた逸話あり。
初めてのアルバム「クイーン」を出したときに名前の響きがジョン・ディーコンよりディーコン・ジョンがいいということで、他の3人がディーコンに内緒でアルバムのクレジットに「ディーコン・ジョン」と記して、ジョンがミスプリだと思い、「俺はジョン・ディーコンだ!これは間違っている!」と主張したそうですが、フレディー、ロジャー、ブライアンが「ディーコン・ジョンでいいんだよ!」ってディーコンをからかったそうです。。
ほんと、3人、度が過ぎますね(笑)
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現在のディーコン
そんなディーコンの現在ですが、フレディーが亡くなって1992年にフレディー追悼コンサート、1993年にテイラーと出演したチャリティーコンサート、そして1997年にエルトン・ジョンとクイーンがパリでベジャール・バレエ公演のオープニングの演奏をした3回、クイーンとして活動した後は引退してしまいました。
ディーコンは尊敬するアーティストにフレディーを上げるほど大好きだったので、フレディーのいないクイーンは考えられないといって引退してしまいました。
しないどころか、ブライアンやロジャーとも連絡を取っていないらしいです。
ディーコンは一番結婚がはやくて6人の子供に恵まれ、最初の印税で買った質素な家に今でも住んでいるということです。
クイーンの広報担当者によると、バンドが運営する事業の平等な株主でもあるディーコンは推定で約1億3500万ドル(約152億1300万円)の資産があり生活していくには十分です。
ブライアンやロジャーも、彼が選んだ道だしジョンはもともと人前に出るのが苦手で繊細な人だったからね。と割り切っている様子です。
そんなディーコンですが、みんなに理解してもらって、フレディーと一緒に燃え尽きたという感じなんでしょうね。
それにしてもクイーンのメンバーは多彩で才能豊か。
ディーコンも映画「ボヘミアンラプソディー」を密かに観ててくれたらいいなあなんて思うのです。
出典:https://www.universal-music.co.jp/
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