樋口葉子が増田明美が勝てなかった天才で陸上中距離から長距離に転向させた選手【消えた天才】

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樋口葉子が増田明美が勝てなかった天才で中距離から長距離に転向させた選手【消えた天才】

増田明美さんといえばマラソン選手でした

増田明美さんといえば、今は気のいいおばちゃんタレント、スポーツ解説者というイメージが強いですが、実はマラソンの選手でオリンピックにも出場しているのです(笑)

すっかり忘れていました(笑)

増田明美 ますだあけみ

1964年1月1日生まれ。千葉県出身です。

高校時代にトラックの3000m、5000m、10000mの中距離の選手だったのです。

ロードでは10km、20km、30km、マラソンの日本記録を更新してきました。

高校3年生になると当時のインターハイ最長種目800mよりも長い距離の試合に出場し始めました。

実は、増田選手は高校時代は陸上部の瀧田監督の自宅に下宿していたのです。

その時に一緒に下宿していたおなじ陸上部の選手が増田明美さんが勝てなかった天才でした。

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樋口葉子さんが増田明美さんの親友で消えた天才

瀧田監督の家で一緒に下宿していたのが同じ陸上部の樋口葉子さんです。

彼女とは同じ陸上部ということで、火花を散らしていたそうです。

樋口葉子さんは高校時代に日本選手権で1500mなんかで優勝している優秀な選手でした。

そんな彼女を出し抜こうと増田選手は、秘密の特訓をしたり、こっそりご飯を大盛にして太らせようとしたり、当時はライバルに勝つことばかり考えていたそうです。

当然一緒に練習をしていたのですが、増田さんは中距離の選手ながら短距離は少々遅かったそうです。

100mを100本走るトレーニングの時ライバルは100mを13秒くらいで走るのに対し、増田選手は少し遅れ気味だったのですが、リカバリーのジョギングの時に増田選手が追い付いたり抜いたりしていました。

それを見た監督が、もしかしたら増田選手は短距離中距離よりも、長距離に強いのではないかと長距離もやるようになったのです。

それがどういうわけか、樋口葉子さんがその長距離転向に関わっているようです。

22歳の時に陸上は引退してしまった樋口さん。

今日の消えた天才ではそれを33年ぶりに語ってくれるそうです。

樋口さんの写真を探しましたが、このような古いものしかありませんでした。

しかし、増田さんと過ごした下宿や陸上の日々は色あせてないいい思い出になっていると思います。

増田明美さんは、その後長距離の選手として84年の大阪女子国際マラソンでオリンピック代表に決まりました。

樋口さんがいなかったら長距離の増田さんはいなかったのですかね?

それでは、消えた天才をお楽しみに!

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